爬虫類に雨が降る-Reptile waits for their days-
「岬の灯台殺人事件」 ~ 四つ子の事件簿第6話 ~
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Ⅳ章 - 1
世の中は進歩していく。用具もウェアも、計測機器も。
十年と言わずもはや日々改良が進んで、選手はテクノロジー
と経済の発展を身にまとって競技に臨む。しかしただ一つ、ど
んな進歩も及ばない場所がそこにある。そう、鳥人と呼ばれる
僕達は、宙に飛び出した瞬間、己の体と、風との、その一騎討
ちとなるのだ。
「海がこれだけ大荒れなら、自分たちに危険がないようにするのが精一杯だったんじゃないのかい? 一樹、君も含めてその遺体をしっかり顔まで確認する余裕があったかだよ。体格、髪の色、それに服装が決め手だったんだろうが、その状況ではどこまで正確に判断できたか怪しいね。思い込みが先に立った可能性は否定できない」
「うーん…」
俺は確かにリックという人物に面識はない。俺が見たのはエディと同じジャケット――野鳥観察センター職員の制服だ――を着た姿だ。波にもまれていたから髪の色も体型もはっきりとは覚えていない。男、と思っていたが、それだって断言できないくらいだ。
「ジェニファー」
俺は振り返った。
俺たちは死体にはほとんど近づけなかった。ジェニファーもそうだ。ウィンスローが引き離したから。だが彼女は、彼女だけはわかったのだ。最愛の恋人だったのか、他人だったのか。
「リックじゃなかった」
ジェニファーはかすれた声でつぶやいた。
「見覚えのない、知らない人だったわ。リックの服を着た、別人だったのよ」
「じゃあなぜあの時そう言わなかったんだ? 君はあんなにショックを受けてたし、俺たちはてっきり…」
「ショックだったわ。頭の中が混乱して、もうどうしていいかわからなかった。死体は彼じゃない。だからこそ、彼に何か良くないことが起きたってわかったの」
「まさか君、リックのほうが加害者だと思ったとか?」
俺の言葉にジェニファーは表情をこわばらせた。それを横目で見てから三杉はさっきのメモを示す。
「この『訪問者』って、誰のことだと思う?」
「えーと、まさか俺?」
注意しろって名指しされる覚えはないけどさ。
「そう言えば…」
ジェニファーが口を開いた。
「ソリマチ・サンがここにやってくるところを、私たちちょうど見てたんだけど。私の部屋からまっすぐ崖道が見えるから。リックはその時、何か急にそわそわし始めたの。そして一人であわてたように出て行って…」
「そしてそれきりになった、と――」
見つかったのは服だけ。誰ともわからない死体が着て。崖の下で波に揺れていた姿が一瞬蘇って、俺は急いでそれを振り払った。
「その時のことがあったから君はこのメモが自分に当てられたものかもしれないと思ったわけだ」
「ええ…」
ジェニファーは不安げにうなづいた。
「『訪問者』か。それにしてもリックは君を見て何に驚いたのかな。君がここに来ることを前もって知っていたのかどうかだが」
「エディには知らせてあったって言ってたよ。まあ、管理人だからだけど」
「だとしても、着いた早々の反応としては奇妙だな。この人気ぶりはどうも君じゃないほうの誰かを連想するんだが…」
ほう、って何!
「じゃあ、また俺を見てあいつと勘違いしたクチ?」
確かにワールドカップの件ではずいぶんいじめられたけど。
「心当たりはあるんだろう? 二人してここで待ち合わせたということは」
「だけどさ、ジェニファーまで襲われたんだぜ? あいつはロンドンで足止め食ってるし、誰がやったのか知らないけどずいぶん見当違いだってば」
「ロンドンで?」
「そう」
俺は答えたと同時にはっとした。最初に引っかかった違和感が俄然リアルになる。
視線を合わせてきた三杉も同じことを考えたようだ。
「…いや、違う。あいつが素直に自分の居場所を教えてくるなんてことは――」
「非常に珍しい。というか、ありえない」
「チクショー! 俺ってお人好しっ!」
くるっとパソコンに飛び掛ってさっき身分証明を頼んだ時のログを呼び出す。俺は完全にあいつの言葉を信じてた。空港でまだ足止めを食ったままっていうなら…。
「やっぱりだ。アクセスポイントをチェックすればすぐにわかったのに。これってロンドンのじゃなく、ここの地元のアドレスになってる…」
「信じ込ませていたわけだね」
「なんでだよ~、もう!」
チャット状態で「話」をしたのはついさっきだ。岬はどういうつもりだ!
一緒にノートパソコンを覗いていた三杉がふと動く。そして俺たちの背後、ドアに向かっていきなり呼びかけた。
「ウィンスロー教授、あなたはご存知なのでは?」
「えっ!?」
俺は固まった。
「おやおや」
聞き覚えのある声が、開いたドアから聞こえてきた。そこに立っていたのはなんと、意識不明だったはずのウィンスローだった。額の大きなバンデージが唯一の名残りだ。
「やっぱり同業者をだますのは無理でしたか。診察中は何もおっしゃらなかったので、うまくいったといい気になっていたんですがね」
「淳、おまえ?」
驚きもせずに平然としている顔を俺は見つめる。
「じゃあおまえは最初から知ってたわけ、教授が本当は目を覚ましてるって」
「目を覚ますというか、私は初めから意識があったんですよ、ソリマチ・サン。あのケガは偽装です。出血は手持ちのサンプルで。重いのに運んでくださって申し訳なかったです」
「謝るのはそこじゃないでしょっ!」
一気に力が抜けた。ウィンスローとそして三杉を交互に睨むしかない。
十年と言わずもはや日々改良が進んで、選手はテクノロジー
と経済の発展を身にまとって競技に臨む。しかしただ一つ、ど
んな進歩も及ばない場所がそこにある。そう、鳥人と呼ばれる
僕達は、宙に飛び出した瞬間、己の体と、風との、その一騎討
ちとなるのだ。
『鳥たちは還らない』 ソール・ヨーンセン
◆「海がこれだけ大荒れなら、自分たちに危険がないようにするのが精一杯だったんじゃないのかい? 一樹、君も含めてその遺体をしっかり顔まで確認する余裕があったかだよ。体格、髪の色、それに服装が決め手だったんだろうが、その状況ではどこまで正確に判断できたか怪しいね。思い込みが先に立った可能性は否定できない」
「うーん…」
俺は確かにリックという人物に面識はない。俺が見たのはエディと同じジャケット――野鳥観察センター職員の制服だ――を着た姿だ。波にもまれていたから髪の色も体型もはっきりとは覚えていない。男、と思っていたが、それだって断言できないくらいだ。
「ジェニファー」
俺は振り返った。
俺たちは死体にはほとんど近づけなかった。ジェニファーもそうだ。ウィンスローが引き離したから。だが彼女は、彼女だけはわかったのだ。最愛の恋人だったのか、他人だったのか。
「リックじゃなかった」
ジェニファーはかすれた声でつぶやいた。
「見覚えのない、知らない人だったわ。リックの服を着た、別人だったのよ」
「じゃあなぜあの時そう言わなかったんだ? 君はあんなにショックを受けてたし、俺たちはてっきり…」
「ショックだったわ。頭の中が混乱して、もうどうしていいかわからなかった。死体は彼じゃない。だからこそ、彼に何か良くないことが起きたってわかったの」
「まさか君、リックのほうが加害者だと思ったとか?」
俺の言葉にジェニファーは表情をこわばらせた。それを横目で見てから三杉はさっきのメモを示す。
「この『訪問者』って、誰のことだと思う?」
「えーと、まさか俺?」
注意しろって名指しされる覚えはないけどさ。
「そう言えば…」
ジェニファーが口を開いた。
「ソリマチ・サンがここにやってくるところを、私たちちょうど見てたんだけど。私の部屋からまっすぐ崖道が見えるから。リックはその時、何か急にそわそわし始めたの。そして一人であわてたように出て行って…」
「そしてそれきりになった、と――」
見つかったのは服だけ。誰ともわからない死体が着て。崖の下で波に揺れていた姿が一瞬蘇って、俺は急いでそれを振り払った。
「その時のことがあったから君はこのメモが自分に当てられたものかもしれないと思ったわけだ」
「ええ…」
ジェニファーは不安げにうなづいた。
「『訪問者』か。それにしてもリックは君を見て何に驚いたのかな。君がここに来ることを前もって知っていたのかどうかだが」
「エディには知らせてあったって言ってたよ。まあ、管理人だからだけど」
「だとしても、着いた早々の反応としては奇妙だな。この人気ぶりはどうも君じゃないほうの誰かを連想するんだが…」
ほう、って何!
「じゃあ、また俺を見てあいつと勘違いしたクチ?」
確かにワールドカップの件ではずいぶんいじめられたけど。
「心当たりはあるんだろう? 二人してここで待ち合わせたということは」
「だけどさ、ジェニファーまで襲われたんだぜ? あいつはロンドンで足止め食ってるし、誰がやったのか知らないけどずいぶん見当違いだってば」
「ロンドンで?」
「そう」
俺は答えたと同時にはっとした。最初に引っかかった違和感が俄然リアルになる。
視線を合わせてきた三杉も同じことを考えたようだ。
「…いや、違う。あいつが素直に自分の居場所を教えてくるなんてことは――」
「非常に珍しい。というか、ありえない」
「チクショー! 俺ってお人好しっ!」
くるっとパソコンに飛び掛ってさっき身分証明を頼んだ時のログを呼び出す。俺は完全にあいつの言葉を信じてた。空港でまだ足止めを食ったままっていうなら…。
「やっぱりだ。アクセスポイントをチェックすればすぐにわかったのに。これってロンドンのじゃなく、ここの地元のアドレスになってる…」
「信じ込ませていたわけだね」
「なんでだよ~、もう!」
チャット状態で「話」をしたのはついさっきだ。岬はどういうつもりだ!
一緒にノートパソコンを覗いていた三杉がふと動く。そして俺たちの背後、ドアに向かっていきなり呼びかけた。
「ウィンスロー教授、あなたはご存知なのでは?」
「えっ!?」
俺は固まった。
「おやおや」
聞き覚えのある声が、開いたドアから聞こえてきた。そこに立っていたのはなんと、意識不明だったはずのウィンスローだった。額の大きなバンデージが唯一の名残りだ。
「やっぱり同業者をだますのは無理でしたか。診察中は何もおっしゃらなかったので、うまくいったといい気になっていたんですがね」
「淳、おまえ?」
驚きもせずに平然としている顔を俺は見つめる。
「じゃあおまえは最初から知ってたわけ、教授が本当は目を覚ましてるって」
「目を覚ますというか、私は初めから意識があったんですよ、ソリマチ・サン。あのケガは偽装です。出血は手持ちのサンプルで。重いのに運んでくださって申し訳なかったです」
「謝るのはそこじゃないでしょっ!」
一気に力が抜けた。ウィンスローとそして三杉を交互に睨むしかない。
PR
・ もくじ ・
■ 登場人物
■ まえがき
第1章 サイレン
1 2 3
第2章 登頂
1 2 3 4
第3章 ゴールに続く道
1 2 3 4
第4章 鳥たちは還らない
1 2 3 4 5
第5章 インタビュー
1 2 3(終)
■ まえがき
第1章 サイレン
1 2 3
第2章 登頂
1 2 3 4
第3章 ゴールに続く道
1 2 3 4
第4章 鳥たちは還らない
1 2 3 4 5
第5章 インタビュー
1 2 3(終)
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はじめに
四つ子の事件簿シリーズです。
時期は一気に飛んで、四つ子たちは30歳過ぎになっています。その点では番外編的な位置かな。
舞台はイギリス。またいつもと違って反町の一人称で書かれています。
連載は15回の予定。では最後までどうぞよろしく。
・ ・ ・ ・ ・
ものすごくお待たせしました。続きをお送りします。
舞台はイギリス。またいつもと違って反町の一人称で書かれています。
連載は15回の予定。では最後までどうぞよろしく。
・ ・ ・ ・ ・
ものすごくお待たせしました。続きをお送りします。
最新コメント
おわりに
ようやく完結です。10年以上もかかるなんて。お待たせしてしまい、申し訳ありませんでした。回数も延びて全19回となりました。
推理ものとしてガバガバではありますが、海外ミステリーの雰囲気だけでもお楽しみいただけたら幸いです。ありがとうございました。
推理ものとしてガバガバではありますが、海外ミステリーの雰囲気だけでもお楽しみいただけたら幸いです。ありがとうございました。
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