爬虫類に雨が降る-Reptile waits for their days-
「岬の灯台殺人事件」 ~ 四つ子の事件簿第6話 ~
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Ⅰ章 - 3
「そうね、私もいい加減退屈してたんだわ、きっと。営巣の観察ったって、この時期そう珍しいことが起きるわけでもないんですもの。さしずめ遠くからエキゾチックな話題を持ってきてくださったんでしょうね、ソリマチ・サン」
ジェニファーはさっそくウィンスローの真似をして俺を呼んだ。俺は苦笑する。
「やれやれ、ジェニファー、君はどうやらフットボールなんてものは野蛮だって敬遠してるクチだな。この顔を見て何も反応しないなんて」
「はぁ?」
また新しい顔が現われた。俺はその言葉にぽかんとする。
ウィンスローと同年代かそれよりやや年下に思える快活そうな男である。肩を揺すりながら近づいて来ると、俺に意味ありげな視線をぶつけてきた。
「去年のワールドカップで我がイングランドから勝ち点をさらってった日本チームのことを俺は忘れてないぜ。終了間際の時間帯に鉄壁GKのドールから決勝点を奪ったあの11番を君は見ていなかったらしいな」
「まあ、ワールドカップですって? その代表選手なの、このソリマチ・さんて!」
ジェニファーの顔が一気に輝いた。ウィンスローはその背後に立って大きな体を丸めるようにくっくっと忍び笑いをもらしている。少なくとも岬からそこまでは話を聞いているんだな。
とにかく俺は急いで一歩前に出た。
「いや、あれは俺じゃない! 俺はイングランドとの試合ではずっとベンチだったんだ」
「なに?」
ここでウィンスローがようやく話に加わる。
「コンラッド、君の記憶違いじゃないよ。確かにあの試合で活躍した日本の11番はこのソリマチ・サンと瓜二つと言って間違いないからね」
コンラッドという男はさらにじろじろと遠慮ない視線をよこし始めた。
「ベンチにいた? じゃあ代表選手には間違いないんだな。兄弟か?」
「まあ、そんなとこと言うかなんと言うか」
詳しい説明をする気力もなかったし、男のほうも敵意を引っ込めてくれそうになかった。
「そうか、それならそれで言いたいことは山ほどある。ここに泊まるなら後でじっくり話を聞かせてもらおう。俺にとってもまわりの奴らにとっても、日本のサッカーはまるでノーマークだったからな。まさかああいうことになるとは…」
悔しそうな顔は隠さずに、コンラッドはぐいっとたくましい手を差し出してきた。
「ああ、まあお手やわらかに」
「さ、お茶にしよう」
握手をしている間にお茶の用意ができたようだ。ウィンスローが座るように促す。もちろんジェニファーとコンラッドもめいめい席についた。
熱い紅茶は喉から胃へと染み渡っていく。今朝からの疲れがその中に洗い流されていくような感覚に、思わずふーっと息をついてしまった。
「ビスケットもどうぞ。形は悪いですが味はなんとかいけますよ」
「彼が焼いたのよ」
ジェニファーがくすくすと笑った。よく笑う娘だ。
「大学教授よりキャンプ生活のほうが向いてるんじゃないかしら。ねえ?」
そう言いながら自分もそのビスケットにせっせと手を伸ばしている。隣でコンラッドがうなづいた。
「俺もそこそこ常連だが、ウィンスローはけっこう入り浸ってるよな、ここ」
「コンラッドさんは何をしにここへ?」
俺が質問を向けるとコンラッドはカップを持ったままにやりとした。
「らしくないって言うなよ。俺は画家なんだ。スケッチに、ってことにしてるが本当は息抜きのほうが大きいか。街中の暮らしは疲れるからな」
「私も似たような感じですね。なにしろこの一帯は自然環境に恵まれてる。リフレッシュには最高です」
そう続けたのはウィンスローだ。
「じゃあ、鳥の研究に来る人ばかりじゃないんですね」
「ええ、専門なのは私と、センターの管理人のエディ、それに…」
ジェニファーが話し始めたそこへ、あわてた様子で男が駆け込んで来た。
「皆さん、すみません、クライブさんはどこなのか知りませんか?」
「何かあったんですか、エディ」
ウィンスローが立ち上がった。なるほどこれが管理責任者のエディという男らしい。エンブレムのついた作業服を身につけている。
「昼過ぎに観察に行くと言って出たきり戻ってないんです。僕がさっき双眼鏡で見渡していたら、下の岩場に人が倒れているように見えたもので、もしや――」
「まさか、それがクライブさんだと?」
一同はがたがたと立って動き始めた。 ジェニファーも顔色を変えている。
「リックから聞いたけど、クライブさん、今朝尋ねてたそうよ、灯台の下に昔の桟橋があった場所を知りたいって」
俺ももちろん一緒に外に飛び出した。外はまだ完全に暮れてはいなかった。風がさらに強まっているように感じる。
クライブというのは宿泊客の1人だった。アメリカ人で、ここを訪れたのは2度目。無口で、野鳥にはさほど興味があるようには見えなかったそうだ。
灯台の真下に下りていく長い階段が崖にへばりつくように続いている。俺たちはそこを降りながら必死に目を凝らした。
崖下近くまで降りてきた俺たちは、しかしそこに打ち付けるあまりに荒々しい大波に立ちすくんだ。
「あれじゃないのか!」
「ジェニファー、来ちゃいけない!」
先頭にいたエディが振り返って大声を出した。ウィンスローが急いで彼女の腕を引き、自分の背後に隠す。
しかし、そのウィンスローの声は震えていた。
「クライブさんじゃない――あれは…」
「ウィンスローさん?」
階段の下の岩場に人の体が見えた。頼りなく波にもまれて上下している。そして着ている服のその背には、エディのものと同じ、「ディダンドリッド」の文字があった。
背後で声を上げているジェニファーを、ウィンスローはがっしりと阻んで前を見せなかった。
エディが意を決したように階段から岩場に飛び移る。
「気をつけろ!」
コンラッドが風に逆らって大声を出した。エディはさすがにセンターの管理人だけあってこの荒れる波の中、確かな足場を確保しつつ岩場を進んでいく。何度か足元をすくわれそうになりながらも、ようやくその近くまで達したようだった。
「駄目だ――」
手を伸ばしかけ、そしてがっくり肩を落とすのが見えた。後に続こうとしたコンラッドが同じく岩場に足を下ろしかけた時、またも大きな波がそこに襲い掛かった。
「うわあっ!」
手すりにかろうじてしがみついたコンラッドが急いで海を振り返る。
「エディは大丈夫か!」
「あそこだ!」
まだ階段の途中にいたウィンスローが叫ぶ。白いしぶきの間、岩場の隙間から管理人が這い上がろうとしている姿が見えた。波が切れた一瞬を逃さずに階段の下まで飛び移りながらたどり着いたようだ。
「ソリマチ・サン、見えますか?」
何のことを指しているのかわかった俺は黙って首を振った。
荒れる波に洗われている岩の上に、さっきまであった男の姿はもう消えていたのだ。
【 Ⅰ章 おわり 】
ジェニファーはさっそくウィンスローの真似をして俺を呼んだ。俺は苦笑する。
「やれやれ、ジェニファー、君はどうやらフットボールなんてものは野蛮だって敬遠してるクチだな。この顔を見て何も反応しないなんて」
「はぁ?」
また新しい顔が現われた。俺はその言葉にぽかんとする。
ウィンスローと同年代かそれよりやや年下に思える快活そうな男である。肩を揺すりながら近づいて来ると、俺に意味ありげな視線をぶつけてきた。
「去年のワールドカップで我がイングランドから勝ち点をさらってった日本チームのことを俺は忘れてないぜ。終了間際の時間帯に鉄壁GKのドールから決勝点を奪ったあの11番を君は見ていなかったらしいな」
「まあ、ワールドカップですって? その代表選手なの、このソリマチ・さんて!」
ジェニファーの顔が一気に輝いた。ウィンスローはその背後に立って大きな体を丸めるようにくっくっと忍び笑いをもらしている。少なくとも岬からそこまでは話を聞いているんだな。
とにかく俺は急いで一歩前に出た。
「いや、あれは俺じゃない! 俺はイングランドとの試合ではずっとベンチだったんだ」
「なに?」
ここでウィンスローがようやく話に加わる。
「コンラッド、君の記憶違いじゃないよ。確かにあの試合で活躍した日本の11番はこのソリマチ・サンと瓜二つと言って間違いないからね」
コンラッドという男はさらにじろじろと遠慮ない視線をよこし始めた。
「ベンチにいた? じゃあ代表選手には間違いないんだな。兄弟か?」
「まあ、そんなとこと言うかなんと言うか」
詳しい説明をする気力もなかったし、男のほうも敵意を引っ込めてくれそうになかった。
「そうか、それならそれで言いたいことは山ほどある。ここに泊まるなら後でじっくり話を聞かせてもらおう。俺にとってもまわりの奴らにとっても、日本のサッカーはまるでノーマークだったからな。まさかああいうことになるとは…」
悔しそうな顔は隠さずに、コンラッドはぐいっとたくましい手を差し出してきた。
「ああ、まあお手やわらかに」
「さ、お茶にしよう」
握手をしている間にお茶の用意ができたようだ。ウィンスローが座るように促す。もちろんジェニファーとコンラッドもめいめい席についた。
熱い紅茶は喉から胃へと染み渡っていく。今朝からの疲れがその中に洗い流されていくような感覚に、思わずふーっと息をついてしまった。
「ビスケットもどうぞ。形は悪いですが味はなんとかいけますよ」
「彼が焼いたのよ」
ジェニファーがくすくすと笑った。よく笑う娘だ。
「大学教授よりキャンプ生活のほうが向いてるんじゃないかしら。ねえ?」
そう言いながら自分もそのビスケットにせっせと手を伸ばしている。隣でコンラッドがうなづいた。
「俺もそこそこ常連だが、ウィンスローはけっこう入り浸ってるよな、ここ」
「コンラッドさんは何をしにここへ?」
俺が質問を向けるとコンラッドはカップを持ったままにやりとした。
「らしくないって言うなよ。俺は画家なんだ。スケッチに、ってことにしてるが本当は息抜きのほうが大きいか。街中の暮らしは疲れるからな」
「私も似たような感じですね。なにしろこの一帯は自然環境に恵まれてる。リフレッシュには最高です」
そう続けたのはウィンスローだ。
「じゃあ、鳥の研究に来る人ばかりじゃないんですね」
「ええ、専門なのは私と、センターの管理人のエディ、それに…」
ジェニファーが話し始めたそこへ、あわてた様子で男が駆け込んで来た。
「皆さん、すみません、クライブさんはどこなのか知りませんか?」
「何かあったんですか、エディ」
ウィンスローが立ち上がった。なるほどこれが管理責任者のエディという男らしい。エンブレムのついた作業服を身につけている。
「昼過ぎに観察に行くと言って出たきり戻ってないんです。僕がさっき双眼鏡で見渡していたら、下の岩場に人が倒れているように見えたもので、もしや――」
「まさか、それがクライブさんだと?」
一同はがたがたと立って動き始めた。 ジェニファーも顔色を変えている。
「リックから聞いたけど、クライブさん、今朝尋ねてたそうよ、灯台の下に昔の桟橋があった場所を知りたいって」
俺ももちろん一緒に外に飛び出した。外はまだ完全に暮れてはいなかった。風がさらに強まっているように感じる。
クライブというのは宿泊客の1人だった。アメリカ人で、ここを訪れたのは2度目。無口で、野鳥にはさほど興味があるようには見えなかったそうだ。
灯台の真下に下りていく長い階段が崖にへばりつくように続いている。俺たちはそこを降りながら必死に目を凝らした。
崖下近くまで降りてきた俺たちは、しかしそこに打ち付けるあまりに荒々しい大波に立ちすくんだ。
「あれじゃないのか!」
「ジェニファー、来ちゃいけない!」
先頭にいたエディが振り返って大声を出した。ウィンスローが急いで彼女の腕を引き、自分の背後に隠す。
しかし、そのウィンスローの声は震えていた。
「クライブさんじゃない――あれは…」
「ウィンスローさん?」
階段の下の岩場に人の体が見えた。頼りなく波にもまれて上下している。そして着ている服のその背には、エディのものと同じ、「ディダンドリッド」の文字があった。
背後で声を上げているジェニファーを、ウィンスローはがっしりと阻んで前を見せなかった。
エディが意を決したように階段から岩場に飛び移る。
「気をつけろ!」
コンラッドが風に逆らって大声を出した。エディはさすがにセンターの管理人だけあってこの荒れる波の中、確かな足場を確保しつつ岩場を進んでいく。何度か足元をすくわれそうになりながらも、ようやくその近くまで達したようだった。
「駄目だ――」
手を伸ばしかけ、そしてがっくり肩を落とすのが見えた。後に続こうとしたコンラッドが同じく岩場に足を下ろしかけた時、またも大きな波がそこに襲い掛かった。
「うわあっ!」
手すりにかろうじてしがみついたコンラッドが急いで海を振り返る。
「エディは大丈夫か!」
「あそこだ!」
まだ階段の途中にいたウィンスローが叫ぶ。白いしぶきの間、岩場の隙間から管理人が這い上がろうとしている姿が見えた。波が切れた一瞬を逃さずに階段の下まで飛び移りながらたどり着いたようだ。
「ソリマチ・サン、見えますか?」
何のことを指しているのかわかった俺は黙って首を振った。
荒れる波に洗われている岩の上に、さっきまであった男の姿はもう消えていたのだ。
【 Ⅰ章 おわり 】
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・ もくじ ・
■ 登場人物
■ まえがき
第1章 サイレン
1 2 3
第2章 登頂
1 2 3 4
第3章 ゴールに続く道
1 2 3 4
第4章 鳥たちは還らない
1 2 3 4 5
第5章 インタビュー
1 2 3(終)
■ まえがき
第1章 サイレン
1 2 3
第2章 登頂
1 2 3 4
第3章 ゴールに続く道
1 2 3 4
第4章 鳥たちは還らない
1 2 3 4 5
第5章 インタビュー
1 2 3(終)
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はじめに
四つ子の事件簿シリーズです。
時期は一気に飛んで、四つ子たちは30歳過ぎになっています。その点では番外編的な位置かな。
舞台はイギリス。またいつもと違って反町の一人称で書かれています。
連載は15回の予定。では最後までどうぞよろしく。
・ ・ ・ ・ ・
ものすごくお待たせしました。続きをお送りします。
舞台はイギリス。またいつもと違って反町の一人称で書かれています。
連載は15回の予定。では最後までどうぞよろしく。
・ ・ ・ ・ ・
ものすごくお待たせしました。続きをお送りします。
最新コメント
おわりに
ようやく完結です。10年以上もかかるなんて。お待たせしてしまい、申し訳ありませんでした。回数も延びて全19回となりました。
推理ものとしてガバガバではありますが、海外ミステリーの雰囲気だけでもお楽しみいただけたら幸いです。ありがとうございました。
推理ものとしてガバガバではありますが、海外ミステリーの雰囲気だけでもお楽しみいただけたら幸いです。ありがとうございました。
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