爬虫類に雨が降る-Reptile waits for their days-
「岬の灯台殺人事件」 ~ 四つ子の事件簿第6話 ~
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Ⅱ章 - 1
チャヤソール山頂は今日も雲に閉ざされていた。午前10時に
第二キャンプから無線が入り、天候の回復を待つことに決まった。
「見えないものをアタックするのは不可能だ」
決断を告げる隊長の言葉はそう締めくくられた。
室内には重い空気が満ちていた。
飲みさしのティーカップが4つ、冷え切ってテーブルに残されている。
「ソリマチ・サン」
背後から呼ばれて俺は振り返った。階段をゆっくりと下りて来たのはウィンスローだった。
「ジェニファーは大丈夫。少し落ち着いた様子だから」
「そう…」
俺の前に立ったウィンスローは乱れた髪もそのまま、顔色も悪かった。悲惨な光景は見せられないと、あの時ジェニファーをさえぎったのだろうが、彼女にはそれ以上の悲惨な事実が突きつけられたことになる。ここに戻ってもただ泣きじゃくるばかりの彼女を引き受けたこの大学教授はさぞ大変だっただろう。
「その…リックって人は、もしかしてジェニファーの」
俺の言葉をウィンスローは察してうなづいた。
「ああ、二人は恋人同士でね。彼女が研究のためにここに通ううちに親しくなったそうだ」
「それは――」
まあ、言葉もないとはこのことだ。同じくソファーで憔悴しきった顔をしていた管理責任者のエディ・マーカスが弱々しいうめき声を上げた。
「まさかリックだったなんて…」
宿泊客のクライブかと思われたその遺体が彼の助手だったのである。それを自ら確認することとなったショックはさぞ大きかっただろう。
「エディ、警察には?」
「今こちらに向かっているはずだ。時間はどれくらいかかるかわからないが」
力なく答えるエディにウィンスローはいたわるように声を掛けた。
「そうか。何が起こったにせよ、今は警察に任せよう。クライブさんのことも探したいがこの荒れようではどうしようもない」
俺は反射的に窓の外に眼をやった。もうすっかり暗闇に閉ざされた中、風はいよいよ強まってきた気がする。雨も激しくガラス窓を打ち続けていた。
いきなり正面のドアが大きな音を立てて開いたので俺たちが振り向くと、ずぶ濡れのアノラック姿のコンラッドが転がるように飛び込んできた。
「まずいぞ、警察は無理かもしれん」
「どうしたんだ?」
クライブを探しに出ていた彼は、崖下に降りられない代わりにぐるっと回ってここに通じる道路に向かってみたのだと言う。
「向こうの切り通しの所が崩れかけてる。道路に泥が流れ出してて近寄れない。町のほうから来るにはあそこを通らないわけにいかないから、下手すると逆の道から大回りするか、崖沿いに歩いて来るしかなくなるぞ」
「なんてことだ…」
コンラッドが言った切り通しは俺もバスで通った時に見た記憶があった。片側は急斜面、もう片側は海に向いた崖という確かに危なっかしい場所だった。あんな所が土砂崩れなんか起こしたら車が通れないどころか道路ごと崖下に押し流されるだろう。
逆方向からというのは、そのバス路線が通るルートのことだろうか。この灯台のある岬は当然道路の突き当たりにあるが、ここに来る道路は最寄りの町から寄り道する形でぐるっと周遊してくる。俺がバスを降りて歩いた崖道はその道路とは逆側の海岸に向いている近道だったのだ。
「それで、クライブさんは見当たらないんだね」
「この天気が好きでうろついているんじゃない限り、何かあったと見るしかないな」
不機嫌そうにコンラッドはうなった。濡れたアノラックを引き剥がすように脱いでホールに下りてくる。テーブルを囲むエディとウィンスローと俺の3人の顔をぐるりと見渡して、忌々しげに付け加えた。
「それとも、逃げちまったか、だ」
「逃げる理由がその人にあると…?」
「逃げたのが本当なら、理由もあるんだろうさ」
質問した俺に、コンラッドはじっと目を止めた。その変に鋭い視線の意味がわからず俺はたじろぐ。まさかワールドカップの恨みを引きずっているんじゃないだろうが。
「まあまあコンラッド。私たちで勝手に決め付けてもしかたがないよ。警察もなんとかして来てくれるだろう」
「手遅れにならないといいがな」
コンラッドはそう吐き捨てるとキッチンに向かった。温まるための飲み物でも探しに行ったのだろう。
「気にしちゃいけませんよ」
俺の横にそっと近づいて、ウィンスローが囁いた。
「彼はクライブさんとは仲が良くなかったみたいです。自分が疑われるかもしれないと用心深くなっているんでしょう」
「ジェニファー!」
その俺たちの背後にはっと目をやってエディが声を上げた。あわてて振り返ると上からの階段をゆっくりと下りてくるジェニファーが目に入る。
「君…」
俺たちを見渡して、ジェニファーは力なく微笑んで見せた。
「何か、食べる物が欲しくなって…」
「あ、ああ、そうだな」
ウィンスローは管理人と視線を交わした。
「夕食のしたくもしないとね」
一人でいることに耐えられなくなったに違いない彼女に付き添って、エディはキッチンに下りていった。
第二キャンプから無線が入り、天候の回復を待つことに決まった。
「見えないものをアタックするのは不可能だ」
決断を告げる隊長の言葉はそう締めくくられた。
『登頂』 K・J・トレイシー
◆
室内には重い空気が満ちていた。
飲みさしのティーカップが4つ、冷え切ってテーブルに残されている。
「ソリマチ・サン」
背後から呼ばれて俺は振り返った。階段をゆっくりと下りて来たのはウィンスローだった。
「ジェニファーは大丈夫。少し落ち着いた様子だから」
「そう…」
俺の前に立ったウィンスローは乱れた髪もそのまま、顔色も悪かった。悲惨な光景は見せられないと、あの時ジェニファーをさえぎったのだろうが、彼女にはそれ以上の悲惨な事実が突きつけられたことになる。ここに戻ってもただ泣きじゃくるばかりの彼女を引き受けたこの大学教授はさぞ大変だっただろう。
「その…リックって人は、もしかしてジェニファーの」
俺の言葉をウィンスローは察してうなづいた。
「ああ、二人は恋人同士でね。彼女が研究のためにここに通ううちに親しくなったそうだ」
「それは――」
まあ、言葉もないとはこのことだ。同じくソファーで憔悴しきった顔をしていた管理責任者のエディ・マーカスが弱々しいうめき声を上げた。
「まさかリックだったなんて…」
宿泊客のクライブかと思われたその遺体が彼の助手だったのである。それを自ら確認することとなったショックはさぞ大きかっただろう。
「エディ、警察には?」
「今こちらに向かっているはずだ。時間はどれくらいかかるかわからないが」
力なく答えるエディにウィンスローはいたわるように声を掛けた。
「そうか。何が起こったにせよ、今は警察に任せよう。クライブさんのことも探したいがこの荒れようではどうしようもない」
俺は反射的に窓の外に眼をやった。もうすっかり暗闇に閉ざされた中、風はいよいよ強まってきた気がする。雨も激しくガラス窓を打ち続けていた。
いきなり正面のドアが大きな音を立てて開いたので俺たちが振り向くと、ずぶ濡れのアノラック姿のコンラッドが転がるように飛び込んできた。
「まずいぞ、警察は無理かもしれん」
「どうしたんだ?」
クライブを探しに出ていた彼は、崖下に降りられない代わりにぐるっと回ってここに通じる道路に向かってみたのだと言う。
「向こうの切り通しの所が崩れかけてる。道路に泥が流れ出してて近寄れない。町のほうから来るにはあそこを通らないわけにいかないから、下手すると逆の道から大回りするか、崖沿いに歩いて来るしかなくなるぞ」
「なんてことだ…」
コンラッドが言った切り通しは俺もバスで通った時に見た記憶があった。片側は急斜面、もう片側は海に向いた崖という確かに危なっかしい場所だった。あんな所が土砂崩れなんか起こしたら車が通れないどころか道路ごと崖下に押し流されるだろう。
逆方向からというのは、そのバス路線が通るルートのことだろうか。この灯台のある岬は当然道路の突き当たりにあるが、ここに来る道路は最寄りの町から寄り道する形でぐるっと周遊してくる。俺がバスを降りて歩いた崖道はその道路とは逆側の海岸に向いている近道だったのだ。
「それで、クライブさんは見当たらないんだね」
「この天気が好きでうろついているんじゃない限り、何かあったと見るしかないな」
不機嫌そうにコンラッドはうなった。濡れたアノラックを引き剥がすように脱いでホールに下りてくる。テーブルを囲むエディとウィンスローと俺の3人の顔をぐるりと見渡して、忌々しげに付け加えた。
「それとも、逃げちまったか、だ」
「逃げる理由がその人にあると…?」
「逃げたのが本当なら、理由もあるんだろうさ」
質問した俺に、コンラッドはじっと目を止めた。その変に鋭い視線の意味がわからず俺はたじろぐ。まさかワールドカップの恨みを引きずっているんじゃないだろうが。
「まあまあコンラッド。私たちで勝手に決め付けてもしかたがないよ。警察もなんとかして来てくれるだろう」
「手遅れにならないといいがな」
コンラッドはそう吐き捨てるとキッチンに向かった。温まるための飲み物でも探しに行ったのだろう。
「気にしちゃいけませんよ」
俺の横にそっと近づいて、ウィンスローが囁いた。
「彼はクライブさんとは仲が良くなかったみたいです。自分が疑われるかもしれないと用心深くなっているんでしょう」
「ジェニファー!」
その俺たちの背後にはっと目をやってエディが声を上げた。あわてて振り返ると上からの階段をゆっくりと下りてくるジェニファーが目に入る。
「君…」
俺たちを見渡して、ジェニファーは力なく微笑んで見せた。
「何か、食べる物が欲しくなって…」
「あ、ああ、そうだな」
ウィンスローは管理人と視線を交わした。
「夕食のしたくもしないとね」
一人でいることに耐えられなくなったに違いない彼女に付き添って、エディはキッチンに下りていった。
PR
・ もくじ ・
■ 登場人物
■ まえがき
第1章 サイレン
1 2 3
第2章 登頂
1 2 3 4
第3章 ゴールに続く道
1 2 3 4
第4章 鳥たちは還らない
1 2 3 4 5
第5章 インタビュー
1 2 3(終)
■ まえがき
第1章 サイレン
1 2 3
第2章 登頂
1 2 3 4
第3章 ゴールに続く道
1 2 3 4
第4章 鳥たちは還らない
1 2 3 4 5
第5章 インタビュー
1 2 3(終)
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はじめに
四つ子の事件簿シリーズです。
時期は一気に飛んで、四つ子たちは30歳過ぎになっています。その点では番外編的な位置かな。
舞台はイギリス。またいつもと違って反町の一人称で書かれています。
連載は15回の予定。では最後までどうぞよろしく。
・ ・ ・ ・ ・
ものすごくお待たせしました。続きをお送りします。
舞台はイギリス。またいつもと違って反町の一人称で書かれています。
連載は15回の予定。では最後までどうぞよろしく。
・ ・ ・ ・ ・
ものすごくお待たせしました。続きをお送りします。
最新コメント
おわりに
ようやく完結です。10年以上もかかるなんて。お待たせしてしまい、申し訳ありませんでした。回数も延びて全19回となりました。
推理ものとしてガバガバではありますが、海外ミステリーの雰囲気だけでもお楽しみいただけたら幸いです。ありがとうございました。
推理ものとしてガバガバではありますが、海外ミステリーの雰囲気だけでもお楽しみいただけたら幸いです。ありがとうございました。
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