爬虫類に雨が降る-Reptile waits for their days-
「岬の灯台殺人事件」 ~ 四つ子の事件簿第6話 ~
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Ⅰ章 - 1
「右だ!」 審判は怒鳴った。 「捕手のブロックの右からベース
に届いていた――セーフだ!」
「ようし、いいだろう。だが次はあんたがブロックする番だぜ」
マクニールは挑戦的に喉の奥を鳴らした。
『サイレン』 D・ゴールウェイ
◆
コンウォールの灯台はどれも奇妙な名前を持っている。巨大なレンズを使った近代的な灯台が建つはるか昔から海の難所となる岬とそこに欠かせなかった番小屋は共にその役割において相違点はないわけで、中世かもっと古くからその土地にあった名前が現代の灯台にも引き継がれていたとしても不思議はない。
おそらくは英語由来ではないと思われるその名前――何度発音しても相手に通じさせることができない――を書き出してもらったメモを握り締めて、俺は曲がりくねった道を急いでいた。太陽ははるか大西洋の水平線に沈んでしまって、草深いこの道は薄暮の中では容易に見失いそうだったからだ。
目指す灯台は確かに前方にその姿を見せていた。だが岬の突端に建つそこへ向かうほどに道は上りになり、海面から高くなっていた。進む真下に岩肌が露出する崖とそのうんと下で波が砕ける様子が見えるたび、俺はさっき降りたローカルバスの運転手の言葉を嫌々ながら思い出さずにはいられなかった。
『あそこを訪ねる者は多いがね、帰ってくる数がどうも合わないんだ。代わりに海鳥がほんの少し増えるのさ』
イギリス人のユーモアのセンスには常々感服している俺だが、自分がそのターゲットになるのだけは避けたい。それにこのコンウォールというブリテン島西端の半島は、アングロサクソン族に追い立てられたケルト系先住民族の文化が今も色濃く残っている土地である。そのユーモアにもその独特の異教的色合いが反映されていているのではないだろうか。
「チクショウ! なんだってあいつはこんな所を指定したんだ、まったく!」
なるほど、海鳥の数が異様に多い。日が暮れてあわてて巣に戻ってきた鳥たちが崖の上と下でせめぎ合い、鳴き交わしてその騒々しいことといったらなかった。鳥にも帰宅ラッシュってものがあるらしい。運ちゃんの言う通り、この灯台には確かに訪問客が多いようだが、それはこの鳥たちのせいなのだ。この地域は英国でも指折りの公認バード・サンクチュアリであり、灯台がその保護管理センターの役割も果たしている。俺なんかにはとうていわかりっこないが、ここの鳥たちはその分布上かなり貴重な生態系を持っているのだそうだ。お国柄というか、イギリス人はことこういう分野になると一般市民も突如博物学者になってしまうらしい。
「ミスター・ソリマチ・サン?」
突然声をかけられて俺はぎくりと立ち止まってしまった。灯台への最後のつづら折の陰から、いきなり大きな姿が現われたのだ。妙な日本語を交えるその相手は、薄暗がりの中でもよく目につく金色の立派な顎ひげを突き出していかにもいんぎんに会釈した。
「お待ちしていました。最後のバスの時間でしたから、これでいらっしゃらなければまたロンドンに電話するところでした」
「いやあ、ヒースローでなんかトラブルがあったらしくて、緊急にガトウィック空港のほうに下ろされてしまって」
いや、実際大変な遠回りをさせられたのだった。同じロンドンの国際空港なのだからここコンウォールまでそう違いはないと思ったのだが、実際は乗り継ぎを3回もして相当時間をロスしてしまったのだ。
「それなんですが…」
男は――彼はウィンスローと名乗った――ちょっと表情を曇らせる。
「伝言をもらっています。ミサキから」
まさか、という気持ちと、またか、という気持ちが同時に俺の中に湧き上がった。どうも俺とあいつの出会いというのはスムーズにいったためしがない。他人はそれをトラブルと呼ぶが、俺たちの間ではもはや日常であり想定内とも言える。
ウィンスロー氏に招き入れられて、俺はようやくこの「ディダンドリッド」灯台の客となった。サンクチュアリのセンターでもあるここは、かつて灯台に常駐する職員たちが住まいとしていた低層の管理棟と灯台本体がくっついた形をしており、そちらの部分には宿泊施設も備えてある。俺の他にも先客が何人かいるようだった。
に届いていた――セーフだ!」
「ようし、いいだろう。だが次はあんたがブロックする番だぜ」
マクニールは挑戦的に喉の奥を鳴らした。
『サイレン』 D・ゴールウェイ
◆
コンウォールの灯台はどれも奇妙な名前を持っている。巨大なレンズを使った近代的な灯台が建つはるか昔から海の難所となる岬とそこに欠かせなかった番小屋は共にその役割において相違点はないわけで、中世かもっと古くからその土地にあった名前が現代の灯台にも引き継がれていたとしても不思議はない。
おそらくは英語由来ではないと思われるその名前――何度発音しても相手に通じさせることができない――を書き出してもらったメモを握り締めて、俺は曲がりくねった道を急いでいた。太陽ははるか大西洋の水平線に沈んでしまって、草深いこの道は薄暮の中では容易に見失いそうだったからだ。
目指す灯台は確かに前方にその姿を見せていた。だが岬の突端に建つそこへ向かうほどに道は上りになり、海面から高くなっていた。進む真下に岩肌が露出する崖とそのうんと下で波が砕ける様子が見えるたび、俺はさっき降りたローカルバスの運転手の言葉を嫌々ながら思い出さずにはいられなかった。
『あそこを訪ねる者は多いがね、帰ってくる数がどうも合わないんだ。代わりに海鳥がほんの少し増えるのさ』
イギリス人のユーモアのセンスには常々感服している俺だが、自分がそのターゲットになるのだけは避けたい。それにこのコンウォールというブリテン島西端の半島は、アングロサクソン族に追い立てられたケルト系先住民族の文化が今も色濃く残っている土地である。そのユーモアにもその独特の異教的色合いが反映されていているのではないだろうか。
「チクショウ! なんだってあいつはこんな所を指定したんだ、まったく!」
なるほど、海鳥の数が異様に多い。日が暮れてあわてて巣に戻ってきた鳥たちが崖の上と下でせめぎ合い、鳴き交わしてその騒々しいことといったらなかった。鳥にも帰宅ラッシュってものがあるらしい。運ちゃんの言う通り、この灯台には確かに訪問客が多いようだが、それはこの鳥たちのせいなのだ。この地域は英国でも指折りの公認バード・サンクチュアリであり、灯台がその保護管理センターの役割も果たしている。俺なんかにはとうていわかりっこないが、ここの鳥たちはその分布上かなり貴重な生態系を持っているのだそうだ。お国柄というか、イギリス人はことこういう分野になると一般市民も突如博物学者になってしまうらしい。
「ミスター・ソリマチ・サン?」
突然声をかけられて俺はぎくりと立ち止まってしまった。灯台への最後のつづら折の陰から、いきなり大きな姿が現われたのだ。妙な日本語を交えるその相手は、薄暗がりの中でもよく目につく金色の立派な顎ひげを突き出していかにもいんぎんに会釈した。
「お待ちしていました。最後のバスの時間でしたから、これでいらっしゃらなければまたロンドンに電話するところでした」
「いやあ、ヒースローでなんかトラブルがあったらしくて、緊急にガトウィック空港のほうに下ろされてしまって」
いや、実際大変な遠回りをさせられたのだった。同じロンドンの国際空港なのだからここコンウォールまでそう違いはないと思ったのだが、実際は乗り継ぎを3回もして相当時間をロスしてしまったのだ。
「それなんですが…」
男は――彼はウィンスローと名乗った――ちょっと表情を曇らせる。
「伝言をもらっています。ミサキから」
まさか、という気持ちと、またか、という気持ちが同時に俺の中に湧き上がった。どうも俺とあいつの出会いというのはスムーズにいったためしがない。他人はそれをトラブルと呼ぶが、俺たちの間ではもはや日常であり想定内とも言える。
ウィンスロー氏に招き入れられて、俺はようやくこの「ディダンドリッド」灯台の客となった。サンクチュアリのセンターでもあるここは、かつて灯台に常駐する職員たちが住まいとしていた低層の管理棟と灯台本体がくっついた形をしており、そちらの部分には宿泊施設も備えてある。俺の他にも先客が何人かいるようだった。
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・ もくじ ・
■ 登場人物
■ まえがき
第1章 サイレン
1 2 3
第2章 登頂
1 2 3 4
第3章 ゴールに続く道
1 2 3 4
第4章 鳥たちは還らない
1 2 3 4 5
第5章 インタビュー
1 2 3(終)
■ まえがき
第1章 サイレン
1 2 3
第2章 登頂
1 2 3 4
第3章 ゴールに続く道
1 2 3 4
第4章 鳥たちは還らない
1 2 3 4 5
第5章 インタビュー
1 2 3(終)
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はじめに
四つ子の事件簿シリーズです。
時期は一気に飛んで、四つ子たちは30歳過ぎになっています。その点では番外編的な位置かな。
舞台はイギリス。またいつもと違って反町の一人称で書かれています。
連載は15回の予定。では最後までどうぞよろしく。
・ ・ ・ ・ ・
ものすごくお待たせしました。続きをお送りします。
舞台はイギリス。またいつもと違って反町の一人称で書かれています。
連載は15回の予定。では最後までどうぞよろしく。
・ ・ ・ ・ ・
ものすごくお待たせしました。続きをお送りします。
最新コメント
おわりに
ようやく完結です。10年以上もかかるなんて。お待たせしてしまい、申し訳ありませんでした。回数も延びて全19回となりました。
推理ものとしてガバガバではありますが、海外ミステリーの雰囲気だけでもお楽しみいただけたら幸いです。ありがとうございました。
推理ものとしてガバガバではありますが、海外ミステリーの雰囲気だけでもお楽しみいただけたら幸いです。ありがとうございました。
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