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爬虫類に雨が降る-Reptile waits for their days-

「岬の灯台殺人事件」          ~ 四つ子の事件簿第6話 ~

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Ⅴ章 - 1





 サッカーの1点はどんな形で入っても1点だ。
テクニックを駆使したシュートでも、イレギュラー
で転がっただけのオウンゴールも、スコアの上では
同じ1点でしかない。だから、1点が入るごとにそ
の本当の価値を知るのはそれを決めた本人、そして
決められた本人だけなのだ。
           『インタビュー』 ジョゼ・ガウス・Jr




「おい、何をこそこそやってるんだ」
 敵意をむき出しにした声が俺の背に掛けられた。
 同時に両肩をがっしりとつかまれ、身動きができなくなる。
「コ、コンラッド」
「誰と連絡を取ってるんだ、え?」
「いや、だからさっきの11番と…。岬だよ」
「ミサキだ? ふん、もうごまかしは効かんからな。何が11番だ。最初から怪しいと思ってたんだ。11番ってのはおまえ自身だろうが。ソリマチってのは偽名だな」
 な、なんてことを。こんな誤解はさすがに俺も初めてだ。
「本部に問い合わせて確認したんだ。先月の市が立つ日に合わせて二人の日本人が村の宿に泊まったってことがわかった。宿帳に名前があったそうだ――K・ソリマチってな」
「はぁ? 何、それ。俺、知らないってば」
 コンラッドはまるで耳を貸す気がなさそうだった。
「同僚にワールドカップのビデオを改めてチェックしてもらって、その時村に来た一人が間違いなく11番だったって確証も得た。白々しくここらへ来たのは初めてだなんて、おまえこれまでにもローバンと接触していたんじゃないか!」
「えっ、そうだったの?」
 岬ならやりかねない、と俺はこの緊迫した中で思ってしまった。でも――。
「ソリマチってほんとに名乗ってたわけ? それに、本部とか同僚ってそれ何? コンラッドって画家でしょ?」
「うるさい、そんなことはどうでもいいんだ。ローバンに何をしようとしてる。国家機密を売り飛ばす気か何かだろうが!」
「いや、そんなおいしいことは――」
 普段ならやってるかもしれないけど。
 コンラッドはノートパソコンの画面を睨んだ。さっきみんなの前で使った時は英語で表示していたが、今は当然日本語のままだ。彼には読めない。
 そうだ、岬に証言してもらうしかない。誤解を解くためには。
 だが、キーボードに手を伸ばそうとした瞬間に、体ごとぐいと後ろに引っ張られてしまった。
「動くな。ダネルの件もおまえが関わっている可能性大だ。警察に引き渡してやる」
「そ、そんなぁ。ウィンスロー襲撃の次はダネル殺し? 俺、そんなにヒマじゃないって」
 ラインが繋がっていてもキーボードに触れなければ岬には伝えることができない。このままここで犯人にされているわけにはいかなかった。
「あっ、こら」
 俺は椅子ごとコンラッドに体当たりして手を振りほどくと、その勢いで廊下に飛び出した。選択肢は一つしかなく、廊下の突き当たりのドアに走る。
 わかってる。ここは恐怖の非常階段だ。でも俺は思い切って扉の外に走り出た。三度目の正直。はるか下で轟く海鳴りを足元に実感しながらも、とにかく必死に駆け下りる。
 と、そこで俺は足を止めた。コンラッドが追ってこないことに気づいたのだ。雨を避けながら上を見る。非常口のドアを激しく叩く音と、その向こうで響くコンラッドの叫びが微かに聞こえている、ドアに鍵がかけられた…?
「安心しな。奴はもう来やしない」
 ぞっとした。その金属製の扉の前に男が一人立っていたのだ。フードを深くかぶったジャケット姿。それは、ジェニファーを襲った奴に間違いなかった。
「あ、あんた、誰…?」
 沈黙が流れる。灯台の光が音もなく通過し、俺たちを一瞬だけ照らし出した。
 それが合図かのように男が一歩を踏み出す。
「ローバンに会いに来たんだろう。よくも出し抜きやがって。ローバンをどこにやった! 行ってみれば屋敷は空、ボートで戻ろうとしたらリックの野郎は途中で海に飛び込むし、俺は岸までなんとか着くだけで死ぬ思いをしたんだ」
 俺の耳に馴染んだアメリカ東部の発音だった。しかし、この場でなごんではいられない。
「あ、ああ。だからリックは海に逃げたのか。あんたに殺される前に――あのダネルみたいに」
「ダネルは裏切りやがった。馬鹿な奴だ。ローバンが握っている値打ち物の話を聞かせたら、金か美術品だなんて思い込んで、リックと示し合わせて横取りしようとしたんだ。ローバンの価値はそんなケチなもんじゃないってのにな。そうだろ、ミサキ」
 あああ、またここでも人違いだ。しかもこの男の場合は究極らしい。岬くんを、その正体ごと知ってるみたい。
「いざとなりゃ、あんたを殺してでもローバンをいただいて来いって言われてるんでね。覚えてるかどうか知らんが、去年のテロ事件の現場写真が合成だってあんたがリークしたせいで、うちに転がり込むはずだった支援事業の大口利権が消えたんだ。政府中枢にまで影響があったんだぞ。ここにノコノコ現われたのが運の尽きだってことさ」
 また一歩こちらに降りてくる。俺は後ろ向きのまま一段後ずさった。足元がいよいよ危ない。
「も、もしかしてクライブ…さん? あのさ、俺は岬じゃなくただの一般市民。顔が似てても中身はまともだから」
 クライブは黙ったままさらに階段を下り始める。目には、本気の殺意があった。
 ずるっ、と手が滑り、濡れた手すりに夢中でしがみつく。
 クライブが飛び掛って来たのは、その瞬間だった。
 足が浮いた、と思った時には、もう上下がわからなくなっていた。階段に激しく体をぶつけながら滑り落ち、かろうじて止まる。が、安心する間もなく目の前にブーツの黒い靴底がぬっと突きつけられ、俺はパニックになった。
 クライブは、俺をここから落とそうとしている!
 不自然な体勢で濡れた鉄板の上にいる俺は、抵抗することもできずにずるずると押されていく。踊り場の角の、ちょうど手すりの間隔の開いた所から俺は押し出されようとしていた。
 もう後がない。――渦巻く風に、体半分がふわっとあおられた。
「や、やめろぉ!」
 叫んだ時には俺の体は空中にあった。落ちる、という感覚が全身を凍らせる。が、次の瞬間、俺は地面に叩きつけられた。
 反動で頭をしこたま打ち付ける。目の前がちかっと光った気がした。そう、まさに火花である。
「あ、う…」
 体が動かない。その前に思考がもっと動かない。
 すぐ上に、非常階段のステップのその裏側が見えていた。
 俺は、海には落ちなかったのだ。ここは崖より上、灯台の建つ地上だった。
「ごめんね、痛かった?」
 声がどこかから聞こえた。
「て言うより、怖い目に遭わせちゃって」
「みさき…?」
 覗きこんできた顔が俺の視界を塞ぐ。誰だ、これ。
 頭はそう思いつつ、口はその名を呼んでいた。

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・ もくじ ・

■ 登場人物
■ まえがき

第1章 サイレン
       

第2章 登頂
          

第3章 ゴールに続く道
          

第4章 鳥たちは還らない
    2   3   4     5

第5章 インタビュー
    2   3(終)

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はじめに

四つ子の事件簿シリーズです。 時期は一気に飛んで、四つ子たちは30歳過ぎになっています。その点では番外編的な位置かな。
舞台はイギリス。またいつもと違って反町の一人称で書かれています。
連載は15回の予定。では最後までどうぞよろしく。
 ・ ・ ・ ・ ・
ものすごくお待たせしました。続きをお送りします。

最新コメント

おわりに

ようやく完結です。10年以上もかかるなんて。お待たせしてしまい、申し訳ありませんでした。回数も延びて全19回となりました。          
推理ものとしてガバガバではありますが、海外ミステリーの雰囲気だけでもお楽しみいただけたら幸いです。ありがとうございました。          

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