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爬虫類に雨が降る-Reptile waits for their days-

「岬の灯台殺人事件」          ~ 四つ子の事件簿第6話 ~

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Ⅲ章 - 1

監督が叫ぶ声が並走車から遠く響く。僕の視界は白く霞み、
タスキさえ重く感じるのに。
「おまえはペース配分を見誤った。しかしそのせいでレース全
体が、他のチームも巻き込んで狂わされている。主導権はま
だおまえが握っているんだ」
『ゴールに続く道』 草加洋嗣


                              ◆


 結局、夕飯にありつけたのはさらに1時間は経ってから、ということになった。部屋の小さいテーブルに置かれたトレイには、缶詰とおぼしきポタージュスープとロールパン、いびつにスライスされた厚いハム、そして緑のリンゴ…が乗っていた。
「一応3コースディナーよ。一応ね」
「これ、囚人専用?」
「私たちも同じものを食べたわ。エディとコンラッドはこれにビールが1缶プラスされてるけど」
 ジェニファーはドアに背をつけて立ち、俺がスープを口に運ぶのを見ている。うまいよ、と声をかけると、ようやく安心したように肩の緊張を解いた。
「襲われたのがウィンスローだったのが災難だったわ。だってあの人が一番料理が上手いんだもの」
 どうやらまかないのない夜はいつもウィンスローが食事係らしい。
「彼の様子はどう? 医者はまだみたいだけど」
「エディがそのへんまで迎えに出てるわ。車で来るにはちょっと道がわかりにくいから。それにそうでなくても道路がどうなってるか。無事に来られるか心配なくらいよ」
 まだ意識が戻っていないのだと言って、ジェニファーは表情を曇らせた。恋人を亡くしたショックも大きいだろうに、さらにこんな事態では落ち着いていられないのも当然だろう。
 と、そこへどたどたと大きな足音が駆けて来た。
「おい! すぐ下に来てくれ。コンラッドが船を見つけた。手を貸してほしいんだ」
 飛び込んで来たのはそのエディだった。ジャケットごとずぶ濡れになって、手には懐中電灯を握ったままだ。
「俺、いいのかな?」
 立ち上がりながら一応訊く。エディはじれったそうに手を振った。
「緊急だ、構わん。男手が要るんだ」
「なら遠慮なく」
 俺もジャケットを借りて一緒に外に飛び出す。
 さらにさらに強まった風が灯台を巻いて吹きつけるが、必死に足を踏ん張ってエディの背を追う。
「おーい!」
 声は風の音に途切れながら下から響いていた。
 灯台のある岬は、海に突き出した先端から戻るほど崖が逆に低くなっている。灯台から急な傾斜を下りて来ると、入り江に沿ってぐるっと巡る狭い道路がこの先に向かっていた。
「おや? この車はなんだ? さっきはなかったが」
 管理人は道路の終点であるそこに一台の乗用車を見つけて首をひねる。が、崖下へとすぐに向かって行った。
「船…、てかボート?」
 その後を追った俺がそこに見たのは、崖下の岩場にもまれている小さい船と、それをロープで引き寄せようとしているコンラッドの後ろ姿だった。
「おーい、中はどうだ?」
 少しでも岸に近づけようと踏ん張りながらコンラッドが船に呼びかけている。風防のついたエンジン付きのボートは片側半分が水に沈みかけた格好で波を受けていた。コンラッドはじりじりと後ずさりながらなんとか岸の岩の出っ張りにロープをもやって、力尽きたように膝をついた。
 エディが駆け寄ってそれを支える。
「大変だったな。で、誰かいるのか、中に」
「ああ、それが――」
 コンラッドは振り返ってエディと俺を見、そして固まった。
「…あ、あんた、なんでそこに?」
「はぁ?」
 俺を指差して、それからコンラッドは船にくるっと向き直った。そしてまた弾かれたように俺を振り返る。
 嫌な、嫌~な予感がした。
「誰もいませんね、ボートには」
 沈みかけのボートの中から返事が聞こえて、頭がひょこっと出てきた。コンラッドと、そして俺の隣でエディが絶句している。
「おや」
 注目の的になっていることに気づいてにっこりと笑顔を返したのは、この俺すら予想していなかった奴だった。
「淳っ?」
「一樹、久しぶりだね」
 ボートから軽やかに飛び降りて、フード付きのオイルコート姿がコンラッドの横に立つ。
 なぜこいつが現われる。
 俺が会うつもりだったのは岬のほうだぞ。
 そう言いたかったが、憎らしいほど落ち着き払ったこいつはただこう言っただけだった。
「で、患者さんはどこですか? 急ぎましょう」
 そう、臨時の往診に寄越されたのは、旅行中の三杉淳だったのだ。


                             ◆


「僕を誰かと間違えてらっしゃるな、とは思いましたが、あの場ではあなたが波にさらわれないようにするのが先でしたから」
「た、確かにな」
 名乗るのが遅れたことをあっさりと説明されながらコンラッドは力なくうなづいた。3階への階段を上っていく足が時たまよろよろっと乱れる。俺はその後ろについて上りながら、彼に同情するしかなかった。
「ま…まあ! まあ、まあ…」
 続いての犠牲者はジェニファーだった。ようやく到着した医者を廊下で出迎えてそのまま目を丸くし、壁にぴたりと背を預ける。
「止血はできてますね。傷も大きくないし、縫うとしても1、2針です。この借りてきた診療セットではこころもとないので、あえて縫合はしなくてもいいでしょう」
 さすがは本職。スポーツ外科が専門だけあって、試合中の野戦病院的治療と同じく見切りがきっぱりしている。
「血圧は安定していますし眼底出血もありませんから、おそらく脳震盪ですね。数時間以内には意識も戻るはずです」
 三杉のその言葉に、見守る3人は――もちろん俺も――動揺はしつつも安堵の表情になった。
「このまま安静にしていてもらうのが一番です。打撲部分を冷やす氷があればお願いします」
 三杉は立ち上がってジェニファーに微笑みかけた。
「それと、僕には何か暖かい飲み物をいただけますか? 久しぶりに運動したので」
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・ もくじ ・

■ 登場人物
■ まえがき

第1章 サイレン
       

第2章 登頂
          

第3章 ゴールに続く道
          

第4章 鳥たちは還らない
    2   3   4     5

第5章 インタビュー
    2   3(終)

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はじめに

四つ子の事件簿シリーズです。 時期は一気に飛んで、四つ子たちは30歳過ぎになっています。その点では番外編的な位置かな。
舞台はイギリス。またいつもと違って反町の一人称で書かれています。
連載は15回の予定。では最後までどうぞよろしく。
 ・ ・ ・ ・ ・
ものすごくお待たせしました。続きをお送りします。

最新コメント

おわりに

ようやく完結です。10年以上もかかるなんて。お待たせしてしまい、申し訳ありませんでした。回数も延びて全19回となりました。          
推理ものとしてガバガバではありますが、海外ミステリーの雰囲気だけでもお楽しみいただけたら幸いです。ありがとうございました。          

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