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爬虫類に雨が降る-Reptile waits for their days-

「岬の灯台殺人事件」          ~ 四つ子の事件簿第6話 ~

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Ⅴ章 - 3



              ◆


 キッチンに入ると、そこにはエディとウィンスローがいて、なごやかにお茶を飲んでいるところだった。
「災難でしたね、ソリマチ・サン。まあそこに掛けて、温かいものをどうぞ」
 俺はウィンスローに言いたいことはいっぱいあったが、まだ頭の中の整理がつかず、濡れた子犬みたいにぐるるる…と小さく唸っていた。
 松山は、初対面のこの輪の中に何の遠慮もない様子で加わっている。明るい場所で改めて見ると、まさに雪焼け、真っ黒な顔でもうサッカー選手の面影などどこにもない。
「イングランド戦はもちろんフル出場してたよ。ま、ディフェンスはあまり映らないから気がつかなかったんだろうな」
 そうそう、実はあのワールドカップで日本の全試合にフル出場したのが、岬でも三杉でももちろん俺でもなくこの松山だったのだ。なのにこんな調子じゃ、岬に間違えられる心配なんかするだけ無駄というものだ。
「イギリスで淳と落ち合う約束でシリー諸島に来てたんだけど、ほら、退屈でさ、頼んで漁船に乗せてもらったりして暇つぶししてたんだ」
 シリー諸島というのは、イギリスの西の果て、このコンウォールの突端の先にある、名実共に最西端の島だ。なぜ、この松山がそんなとこで待ち合わせを?
「おいおい、ほんとに3人揃っちまってるじゃないか。これでもまだ全員じゃないなんて、信じられんな」
「やあ一樹、早く拭いておかないと君まで風邪を引くよ」
 そこにコンラッドと三杉が現われた。
 さすがにコンラッドはすまなそうな顔だ。
「悪いことをしちまったな。なにせ、手がかりがほとんどなくて、あのワールドカップのビデオじゃあんたたちの区別がまるでつかなかったんだ」
「だからー、そこまで似てないってば、俺達は」
「その主張は海外では通じないようだね、残念ながら。そうでなくても日本人はみな似ているなんて言われるくらいだ」
 リックの診察はとりあえず終わったのだろう。どうやら問題はなく、風邪を引いただけだったらしい。さすがは地元育ち。あの嵐の海を泳ぐような真似は俺だったら絶対遠慮する。まあ灯台から落とされるのとどっちもどっちだが。
 俺は三杉の言葉に顔を上げたが、説明を始める気にはまだなれなかった。ほんと、力が抜けたまま戻らない。
 カップを持って、とりあえず紅茶を飲むことにする。ああ、湯気がオデコの傷に痛いったら。
「黙っててすまん。俺は本当は王立空軍の情報部の人間なんだ。ローバンに関しては以前からマークしていて、ま、国家機密ってやつを守るためには疑心暗鬼にならざるを得んってことがあってな。あのクライブもブラックリストに載せてたんだが」
 なるほどね。それで俺を疑いまくってたと。まあ確かに画家を名乗ればしょっちゅう来ては監視するのも楽だったろう。
「なあ、淳」
 飲み終えたカップをテーブルに置いて、俺はやっと口を開いた。
「おまえも実は実感してんだろ? 岬と間違えられるってやっぱ、命がけだって」
「僕にとっては、まず不本意だってことだけだよ。君みたいな目に遭ったことはないし」
 問題の2人が揃って証言する。
「俺はもう慣れちまったかな。と言っても、最近は間違えられること自体ほとんどないけどな」
 そもそも松山を見間違えようにも、人間とほとんど接触しない場所で暮らしているこいつをどうしろって言うんだ。白熊かペンギン相手ならいざ知らず。
「あら、ソリマチ・サン。ペンギンは南半球でしょ。大きな鳥ならワタリガラスってあたりね」
 いや、だからジェニファー、俺は専門家じゃないけどそれくらいはわかってるってば。
「今回のことでは協力もしてもらったし迷惑もかけた。マツヤマの密入国は目をつぶって、パスポートには空軍基地の入国スタンプを進呈するよ。空軍が救助した遭難者ということにして」
 コンラッドがとんでもないことを言い出した。
 松山が密入国って、何だよ。
「パスポート不携帯のままシリー諸島にいたんだよ。僕は新しく再発行してもらったパスポートを届けに来たんだ。ああ、もちろん二人でコンウォールの休暇を楽しむためにもね」
「グリーンランドで遠出中に犬達に食われちまったもんでな。俺だけソリとはぐれて遭難しかけたんだ。待ってる間に腹を減らした犬達が、勝手に荷物をあさって中身を食っちまって。その中にパスポートもあったってわけだ」
「グリーンランドの漁船からシリー諸島の漁船に乗り継いで大西洋を渡ってきたんだ、光は。まあ、大使館に知り合いがいたから融通をきかせてもらったんだけどね」
 ああ、ここの会話って、一般人そのものの俺にはキツすぎる。
「淳、おまえここに来てすぐ、全員が隠し事をしてるって言い当ててたよな。おまえ自身までそうだったなんて、あんまりじゃん」
「大人だからね」
 そういう問題か?



              ◆


 岬はあれきり姿を見せることはなかった。
 だが、謎の言葉の意味はまもなく解けた。ローバンと会った日に。
「あの記事は、ちょいとやばい手を使っちまったもんでな」
「あのな…」
 俺は最後にもう一度絶句するはめになった。
「だったら最初からそう言えよ! 俺を振り回すだけ振り回して、それでも親か!」
「まあまあカズキ、しかたなかったんだ。そう怒らずに」
 なだめるウィリアム・N・ローバン氏の隣で、K・ソリマチこと俺の親父が平然と座っている。
「そりゃ確かに法律上は窃盗と不法侵入になるけどな、あの時はああするしか手がなかったんだぞ。このローバンさんもあえて手助けしてくれたわけだし」
「なに、私が立場上できなかったことをあなたが代わりにやってくれたんですから。もっとも時効が成立するまでは記事の情報源を明かせなかっただけで」
 岬はこのこともちゃんと把握してたんだ。だからこそ、今回の会見を親父の記事の「公開期日」とすべく下準備をしていたってことだ。二人して前もって会いに来たり。しかも日付が変わって時効が成立したのが、俺が人違いで殺されかけていたあの時間だったなんて、あんまりだ。
 岬はすでに「調査」をすませて消えた後だという。
「俺、何しに来たんだろう、こんなとこまで」
 ローバン氏に国連での黒子に徹した日々の平凡かつスリリングな裏話を詳しく聞かせてもらった後も、俺の心にはそんな疑問がぽかんと残った。
 嵐の後は暖かく穏やかな天気が続き、三杉と松山は予定通りセント・アイヴスで数日間リゾートな時間を過ごした後、揃って東京に帰っていった。それを見送った後、俺は険しい海岸線を眺めながらふとあのバスの運転手の言葉を思い出していた。
――あの灯台を訪ねる者は多いが、帰って来る数がどうも合わないんだ。かわりに海鳥が少しだけ増えるのさ。
 ほんとに、ただの迷信のはずだったのに。
 そこにいたはずの人間がいなくなり、いるはずのない人間が現われたり。
 俺は頭上を飛び交う鳥達を見上げた。この中に、誰か知ってる奴が混じってたりして。
 でも俺は、海鳥になることなくコンウォールを後にした。だってあんな高いところ跳ぶなんて、俺は絶対ごめんだものな。




                             《END》
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Ⅴ章 - 2 HOME

・ もくじ ・

■ 登場人物
■ まえがき

第1章 サイレン
       

第2章 登頂
          

第3章 ゴールに続く道
          

第4章 鳥たちは還らない
    2   3   4     5

第5章 インタビュー
    2   3(終)

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はじめに

四つ子の事件簿シリーズです。 時期は一気に飛んで、四つ子たちは30歳過ぎになっています。その点では番外編的な位置かな。
舞台はイギリス。またいつもと違って反町の一人称で書かれています。
連載は15回の予定。では最後までどうぞよろしく。
 ・ ・ ・ ・ ・
ものすごくお待たせしました。続きをお送りします。

最新コメント

おわりに

ようやく完結です。10年以上もかかるなんて。お待たせしてしまい、申し訳ありませんでした。回数も延びて全19回となりました。          
推理ものとしてガバガバではありますが、海外ミステリーの雰囲気だけでもお楽しみいただけたら幸いです。ありがとうございました。          

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